医療法人社団翔志会
たけち歯科クリニックの 「働きたい改革」
2022.12.09
世界有数の大企業が名を連ねる「働きがいのある会社2022(従業員25-95人部門)」にランクインするなど、注目の組織として人気が高まる京都のたけち歯科クリニック。
離職率33%という大ピンチから、スタッフが積極的にアイデアを出し能動的に働く組織に生まれ変わるまでのプロセスを、武知理事長にうかがいました。
医療法人社団翔志会 理事長・たけち歯科クリニック 院長。
徳島大学歯学部卒業後、さまざまな歯科クリニックで歯科医師として勤務後、1997年に「たけち歯科医院」を開業。2011年、医療法人社団翔志会たけち歯科クリニック開設。歯科医師として数多くのインプラント治療を手がける一方、スタッフとの対話を重視した独創的な組織づくりに取り組み注目を浴びている。
スタッフが職場に行きたくなる「働きたい改革」
「働きたい改革」というのは、スタッフ一人ひとりの「こんな風に働きたい」という思いを実現できる場を用意することが、働きがいにつながり、ひいては組織の成長につながるという考えのもとで行っている取り組みです。
わかりやすいところでいえば、有給休暇は職員全員が100%取得しています。年間休日は134日、退社18時の実践など、大企業並みの制度を導入しています。また研修制度やマニュアルを充実させ、未経験者でも安心して働けるのはもちろん、スタッフが働きながらスキルアップを目指せるように工夫しています。
報酬に関しては、成果を上げた人にそれに見合った報酬を出すという一般的な業績連動型は、わかりやすいし導入しやすいですよね。ですが、コーポレート部門のように業績には直接関係ないけれど職場に貢献している部門が組織にはあって、そうした数字に表れない部分をきちんと評価したいと考えています。
私たちの職場では、物事をどう捉えられるかという「認知」の力を大事にしているんですよ。例えばクリニックでお子さんが泣いていると、普通は「治療が怖いから泣いているのかな」と思いますよね。でも、その子はお母さんが近くにいないから不安なのかもしれないし、自分の好きなアニメが見れずに不機嫌なのかもしれないし、単純に眠いのかもしれない。
思い込みではなく、いろいろな角度から物事を見る力はクリニックで働く上でとても大切で、評価の重要な軸として加えています。
職種の名前についても工夫しています。例えばうちのクリニックには「ドクターマネージャー」という職種があります。以前は歯科助手と呼んでいた仕事をドクターマネージャーという名前に変えたのですが、単なるアシスタントではなく「自分が歯科医師をマネジメントするんだ」という役職のイメージを持ってほしいからです。そうすることでその人がやりがいを持って能動的に仕事に取組み、自分の可能性を発揮してほしいという願いを込めています。
一般的な組織ではさまざまな条件で社員の役職や等級をランク付けしますが、誰かにランク付けされるのって嫌じゃありませんか?そうではなく、うちでは「ポジション」と呼んでいます。
ランクは自分で選べないけれど、ポジションは自分で選ぶことができて、「自分の意思でこのポジションを選んでいるのだ」という意識があるかどうかというのは、働きがいに大きく影響すると思っています。
離職率33%を変えたスタッフの言葉
実は私たちのクリニックは10年ほど前まで、職場の雰囲気が非常に悪い時期があったんです。
離職率は業界平均を大きく上回る33%。3人に1人が1年以内に離職するという厳しい状況でした。当時はクリニックがどんどん大きくなって、多様なスタッフが揃ってきた時期でした。
さまざまな考えを持つ人たちとうまくやっていくために、もっと職場を良くしよう、治療の質をもっと上げようと、自分なりに一所懸命になっていました。
けれど、頑張れば頑張るほどに関係はギスギスするばかり。自分を含めて誰もハッピーではなくて、一体どうしたらいいのか、なんのために仕事をしているのか…という思いが頭から離れなくなりました。そんなある日、コーポレート部の人たちに「理事長は何を大事にしているのですか?思いをちゃんと伝えてくれないと私たちにはわかりません」と問い詰められたんです。
ハッとしました。それまでの私はスタッフに何か伝えたいと思っていても、「これを言ったらよくないんじゃないか」と考えてしまい、言葉にしていなかったんだなと。
それで「みんなで一度、本音で話しましょう」と言って、職場をよくしようという意識の高いスタッフと一緒にアプリシエイティブ・インクワイヤリーというワークショップを受けることにしたんです。
対話を通じて互いの価値を高める解決方法のことですが、マインドマップに課題を整理して、今の働きにくさ、働きがいのなさはどこから来ているのか、みんなで対話しながら突き詰めていきました。
何でも言える・言い合える社内文化を構築
ひと言で言えば、全ての原因は僕にあるということがわかったんですよ。というのも僕はもともと頑固で、自分の決めたことは絶対に曲げないし、思い通りに進まないと怒りを覚えるタイプ。頑固さは目標を達成することにおいては強みになるんですが、一方で目標を達成すること以外のものが見えなくなってしまうという弱みでもあります。当時はそれに気づくことができなかったんですね。
スタッフが僕に対して意見があるのは薄々わかっていたのですが、当時の僕はそれを受け入れる余裕がありませんでした。それで触れたくないものにはフタをして、なかったことにするということをずっとやっていたわけです。ワークショップでそのフタをかたっぱしから開けたとき、最初に感じたのはやはり怒りでした。
例えば「給料が安い」と言われて、その時は「なぜわからないんだ?」と思ったんですが、次第に冷静になってくると、給料が業績とどのように紐づけられているのか僕が何も説明していなかったんだなと気づかされました。
最初に取り組んだのは「どうすれば思っていることを率直に言えるような文化を作れるか?」ということでした。給料を上げることは簡単にはできませんが、少なくとも誰が誰に対しても思っていることを言い合い、聞き合える職場にしたい。そのためにはどうすればいいのか、そこから始めようと思ったんです。
それでkintoneというグループウエアを導入し、誰もが自由に思いを伝えられるようにしました。歯科医師のチーム、受付のチームなど、スタッフ同士でグループを作り、いつでもやりとりができるように工夫しました。そうすることで、社内コミュニケーションが円滑になりました。
また、クレームに関するスペースでは、患者様からのクレームに対してどう思うか、どう対応するのがよいのか、それぞれの視点から意見が出せるようにしました。「武知のつぶやき」という僕のスペースも作って、こんなことを考えた、こんなことが嬉しかったという思いを、医院の理念も含めて発信するようにしています。
その後、ワークショップも頻繁に行うようになりました。ストレングスファインダーというツールを取り入れて、スタッフ1人ひとりの強みと弱みがひと目でわかるようにしているのですが、人それぞれに強みと弱みがあり、お互いにその違いが分かった上で話ができることで、コミュニケーションが非常に活発になりましたね。
そうした取り組みのおかげで、「何を言っても受け入れられる」という文化が根付いたことが大きいと思います。誰がどんな発言をしても、否定をされることはまずないです。今では入社1年目のスタッフに「理事長、こういうことはやめてください」と普通に言われますよ。(笑)
そうですね。「組織はトップが変わると色がすぐに変わる」ということを、経験することができました。結局、組織の問題はトップが作り出しているということだと僕は思っています。
対話を重ねて共に変化していける組織に
理事長ご自身を含め、クリニックが柔軟に変化してきたからこそのメッセージでしょうか?
そうですね。人間はお互いに影響しあっているから、自分が放った言葉、一挙手一投足が誰かに影響を及ぼして結果を引き出しているんですよね。ですから「自分自身が変化になる」と職場のみんなが考えることができれば、ものすごいエネルギーになると思うんです。
僕自身がつまずいて内省した経験があるので、今つまずいている社員がいても「今いいところにいるな、ここに気づけたら、この人は一皮むけていい方向に変化するな」と思えるようになりました。だから悩んでいる人がいても、心配というよりは楽しみのほうが大きいです。
これからクリニックで働きたいと思ってくれる人にも、変化を受け止められる人に来てほしいですね。変われるかどうかって自分ではわからないことが多いと思いますが、僕がいつも面接していて思うのは、自分がなぜそう感じたのかという思いをちゃんと受け止められる人は変わりやすいということ。
そのために面接時は「そのときどんな感情を抱きましたか?」と、かなりつっこんで質問します。そのときに自分の感情が表現できていると、「この人は自分自身で気づいていける素質があるな」と思いますね。
僕が目指しているのは、職場で働く一人ひとりが自立して判断できるティール組織の構築です。これは成人発達理論を組織にあてはめた考え方なのですが、組織にはレッドからティールまで5段階の変化があり、日本の組織の7割ほどは順応型のアンバー組織と言われています。それはつまり組織の中に上下関係があり、言いたいことを言える関係ではないということです。
言いたいことを言える組織になるということは「アンバー」から「オレンジ」に変わったということ。クリニックに入職してすぐのスタッフも、まずはアンバー型であることが多いので、そういう人をアンバーからオレンジへ引き上げたい。そしてクリニックで働く一人ひとりが思いを表現でき、可能性を解放して一緒に成長できる組織をめざしたいですね。
また、これまで10年かけてさまざまなシステムを作ってきたので、これからは他の歯科医院にも展開したり、講演を通じてお話したりして、クリニックの取り組みを世の中に広めていけたらと思っています。
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取材日:2022.10.12